平野レミのプロフィール
平野レミのプロフィール
- 生誕:1947年3月21日(76歳)
- 出身:東京都
- 職業:料理愛好家・シャンソン歌手
明るい性格・息もつかないほどの早口など、魅力的なキャラクターでお茶の間を賑わすタレント「平野レミ」。
現在は料理番組への出演が多いため「料理愛好家」としてのイメージが定着しているが、実は当初は「シャンソン歌手」として芸能界デビューを果たしている。
料理愛好家として活躍するようになったきっかけは、以前から交流のあった作曲家・八木正生の推薦があり、『四季の味』という雑誌で料理に関するエッセイを書いたことだった。
このエッセイで注目を集めた平野レミは、以後、料理番組やラジオ放送、CMなど様々な媒体に料理愛好家として出演。
さらに、料理関連の書籍を複数出版したり、深型フライパン「レミパン」を発売するなど、料理愛好家としての活動は多岐にわたっている。
今回は、そんなマルチな活動を行う料理愛好家・平野レミの父親「平野威馬雄」についての情報をまとめた。
平野レミの父親「平野威馬雄」とは何者?
平野レミの父親はフランス文学者「平野威馬雄」
平野レミの父親の名は「平野威馬雄(ひらのいまお)」。
日本で詩人・フランス文学者として活動し、若いころには「早熟の天才少年」とも言われたほどの文筆家であった。
さらに、晩年には「UFO」や「おばけ」の研究にも没頭。
好奇心旺盛な人物だったことが窺い知れる。
平野レミはクォーター
平野威馬雄の両親は、父親がアメリカ人、母親が日本人だった。
つまり、平野威馬雄はハーフ、その子供である平野レミはクォーターということになる。
平野威馬雄が生きた時代は、ハーフに対する差別がひどい時代であった。
そのため、威馬雄自身も幼少期の頃はかなりひどい差別にあったという。
平野レミの名前の由来は「父親のニックネーム」
平野威馬雄は、父親から「レミ」というニックネームで呼ばれていた。
これは、フランスの作家「エクトール・アンリ・マロ」が1878年に発表した児童文学小説『家なき子』に登場する少年の名前が由来となっている。
また、平野威馬雄は、1953年に混血児を救済支援するための組織「レミの会」を主宰。
さらに、1959年には自伝的小説『レミは生きている』を発売するなど、「レミ」という名に親しみを持っていたことがわかる。
だからこそ、平野威馬雄は自分の子どもにも「レミ」という名を授けたのだ。
平野レミの家は千客万来だった
平野レミの父・平野威馬雄はフランス文学者ということもあり、詩人や文学者との交友関係が広かった。
しかも、その交友関係は日本人だけではなく、フランス人やアメリカ人などの外国人も含まれている。
その中でも特に多かったのはフランス人。
彼らはよく、シャンソンのレコードを土産に持ってきてくれたという。
そのため、平野レミは小さいころからシャンソンをよく聞いて育ち、結果的にこの経験がシャンソン歌手・平野レミ誕生のきっかけとなるのである。
父・平野威馬雄の教育方針は「好きなことはトコトンやれ」
平野威馬雄の子どもに対する教育方針は「好きなことはトコトンやれ」でだった。
実際、平野レミが高校になじめず中退したいといった時にも、平野威馬雄は以下のような言葉をかけている。
やめろ。やめろ。レミにはもっといい学校あるからそこ行け
kodomoe
この個性を尊重する父親の教育方針が、今の自由奔放な平野レミを育てたのであろう。
平野レミの父親まとめ
今回はこれで以上になります。
最後までご覧いただきありがとうございました。